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| 九州大学箱崎キャンパス近くの箱崎商店街。その一角にある「きんしゃい通り」の空き店舗を利用して設けられたのが、子どもたちの遊び場「きんしゃいきゃんぱす」。思い思いに遊びながらも、学年を越えた交流が生まれている。 |
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文/湯浅玲子
写真/志賀智 |
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最近、外で遊ぶ子どもたちの姿を見かけることが本当に少なくなりました。また、昔のように集団で遊ぶことも少なくなっています。室内でゲームばかりしている子どもに「外で遊びなさい」と大人は言いますが、これは単純に子どもたちだけの問題なのでしょうか?今回は「子どもの問題は大人の問題」と語る九州大学大学院教授の南博文さんに、子どもの問題が地域社会とどう関わっているのかを伺いました。そこからは人間と都市の新しい共生の形が見えてきます。 |
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| ―プロフィール― 1957年、広島市生まれ。85年、米国クラーク大学大学院修了。広島大学教育学部を経て九州大学へ。専門は、環境心理学と発達心理学。子どもや高齢者の居場所研究、まちの環境デザイン、アジア各都市のフィールドワークを行っている。著書に『子どもたちの「居場所」と対人的世界の現在』(九州大学出版会)など。 |
| 子どもの問題は社会全体に関わること。ムダに見える遊びにも意味がある。 | |||||||||||||||||||||
南「私が専門とする心理学には、以前から児童心理学という分野があります。これは子どもそのものを研究対象としたものですが、私が研究しているのは子どもと周辺環境との関わりを心理学からアプローチするもの。近年、子どもに関するたくさんの問題が噴出していますが、子どもの問題は住んでいる社会や街に問題があるんです。ですから家、学校、地域など子どもを取り巻く状況をあわせて考えないと解決できません」 ※以下「」内すべて南氏 ―子どもを取り巻く環境は大きく変わっていますか? 「現在、アジアでは、人口の4〜5割がごく限られた都市部に集中して住んでいます。都市というのは経済効率を追求する場所で、そうした経済発展によって失われていくものがあります。地域のつながりや秩序、人を育てる環境、コミュニティといったものです。そうした影響を最も強く受けるのが、子どもや高齢者といった人たち。今の都市は子どもが育ちにくい環境ですが、社会全体が有機的に絡んでいる問題を、部分的に対処するような療法ではうまく解決できないということです」 ―具体的にはどんな問題が起こっているのでしょうか? 「一つは子どもの遊び場がなくなったことです。子どもの遊び場としては公園が整備されていますが、自分たちの子ども時代を考えると、道端や空き地、神社や墓地などいろんな場所で遊んでいました。いずれも経済的に意味がないところ、あるいは意義を見い出しにくいところで、経済効率だけを追求する社会では次第に無くなっていくような場所です。でも子どもたちは、なぜか秘密めいたところや、どこか影のあるところが大好きです。そこで木登りをしたり、虫取りをしたり、ドングリひろいをしたり、野性的なさまざまな体験を通じて、生きるための本能を磨いているのです。また年齢の違う集団で遊ぶことで社会性も身についていく。遊びは決してムダなものではなく、十分遊ぶことで子どもたちは自己発達できるのです。ですから子どもたちの遊び場を、現代社会に新しい形で再生することが求められているのです」 ―現代では、遊びは経済優先の大人社会の中で姿を消しているということですか? 「でも大人の世界にも遊びはあります。例えば繁華街に人が集まるのも、何だか楽しそう面白そうと人が思うからです。つまり遊びを求めているからで、その結果として経済活動が生まれています。ムダと思われがちな遊びも、実は経済的にも大きな意味があって、巡り巡って社会経済に貢献している。広く言えば文化全体が遊びのようなもので、大人も実は遊びを求めているのです。都市を魅力的にするのが遊び、あるいは余裕のようなものではないでしょうか」 |
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