【第21回】
1962(昭和37)年〜1974(昭和49)年
2000 形電車登場と大牟田線の強化
今回は1970年前後における大牟田線(当時)の輸送力増強とサービス改善の足跡をご紹介します。
50年代以降、福岡市への行政・経済機能集積が進み、居住人口のドーナツ化も進行します。スピードやフリークエンシー(回数、頻度)で、早くから都市鉄道としての機能を備えた大牟田線は利用者が増加、ラッシュ時の混雑度は60年代には定員の200%を超えるようになりました。
西鉄は62年から新設計の600形を増備、特急・急行の運転間隔短縮(各45→30分)や、車両増結など輸送力増強に努めます。しかし70年代には生活様式も向上、混雑緩和は勿論、通勤通学輸送においても冷房化の要望が増加しました。
福岡〜大牟田間の特急(58年までは急行)には、運転開始以来私鉄王国関西に劣らない車両が使用されてきました。その伝統を継承し、6連化と冷房化、併せて西鉄自体のイメージアップを図り、73年に就役したのが2000形で、当時は「ジャンボ特急」と宣伝されました。
また、増発とスピードアップに対応した安全性向上にも力を注ぎます。68年には独自機能を有するATS(自動列車停止装置)を導入、72年には列車と運転指令所との迅速・円滑な連絡体制を確立する列車無線の使用を開始しました。
単線区間が在る天神大牟田線は、行違い駅での特急・急行列車の高速運転のため、古くから進路制御には意を用い、66年には押釦蓄積方式による自動進路制御を導入しました。74年にはこれらにコンピュータシステムを組合せたCTC(列車集中制御装置)を開発、列車の運行管理や駅の案内業務自動化に大きな威力を発揮しました。
次回は、ひのくに号登場と高速バスネットワークの展開についてご紹介します。
西鉄のATSは、60年代に発生した列車追突防止のための、赤信号で列車を停止させる機能だけでなく、当初から数段階の速度制限に応じて作動し、後年には駅誤通過防止にも対応する、完成度の高いものであった。
天神大牟田線のCTCは列車進路(分岐器・信号)の集中制御のみならず、TTC(列車運行管理システム)とも称される、進路制御、案内業務、初歩的な運行異常時の処理、運行記録などをコンピュータにより処理するものである。
74年度鉄道友の会ローレル賞を受賞した2000形。600形とほぼ同性能の電動機や力行、制動装置を踏襲しつつ、500形連接車以来30年ぶりに転換クロスシートを装備した。
車両設計の標準を確立した600形。在来車より1m長い19m車体を採用、100km/h以上の高速性能と、高密度ダイヤに不可欠の加減速性能を有した。