【第14回】
昭和36(1961)年
福岡駅高架化とバスセンターの開業
今回は福岡市天神地区発展の原動力となった、1961(昭和36)年11月の福岡駅移転・高架化事業についてご紹介します。
戦後の福岡市の街づくりを担った戦災復興事業としての渡辺通りの道路拡幅と、道路改良事業としての国体道路との立体交差のために、福岡駅の西側への移設と高架化を福岡市から1959年に要請されました。全線開通以来の一大工事であり、直接的増収は期待できない中で、公益企業の使命および福岡市発展の見地から受諾し、翌年から13億8千万円の工費をかけて、この事業に取り組みました。
事業遂行に当たり、福岡市や国の協力と補償費(2億2千万円)を得て、単なる鉄道駅の移転・高架化だけではなく、駅機能強化は勿論、バスターミナルを併設して交通結節機能を拡充。加えて大型商業施設を設けて、一体化された施設整備による天神町(てんじんのちょう)地区の都市機能充実を目指し、またそこで生じる利益を建設費償還へ充てることで負担軽減を狙いました。
開設以来3代目となる新福岡駅は南北に改札口を設け、発着線を増設しホームも延伸。開業当日から特急列車の一部を5両編成化、都市鉄道としての大牟田線の輸送力増強に貢献しました。
福岡バスセンターは中長距離バスの起点を国鉄博多駅前より移転させて開設し、日本で初めて鉄道高架下に乗降バース、専用誘導路、待機バースを収容、特急バスネットワークの要となりました。
駅ホーム直下には西鉄初の本格的商業施設として、地元有名店が出店した「西鉄名店街」を、バスセンター地下にはレストラン街「味のタウン」を開設。隣接する岩田屋百貨店や新天町商店街とともに、福岡市を代表する商業拠点となり、また「西鉄名店街」は後に久留米など沿線各駅にも開設されるようになります。
次回は福岡ビル完成と不動産事業の展開についてご紹介します。
3代目福岡駅は面積が従来のほぼ2倍で、線路5本ホーム5面、大部分を2連のアーチ型大屋根(全幅42m)で覆い、最大6両編成までの発着が可能となり、特急30分ヘッド運転など後の輸送力増強に貢献した。〈写真は1968年頃〉
2代目福岡駅は1936年に岩田屋百貨店建設に合せて完成。1954年に拡張(発着線増設)したもので、線路4本ホーム3面、最大4両編成までしか発着できなかった。〈写真は1959年頃〉
「西鉄名店街」は、鉄道高架下を利用した重層構造の大型商業施設で、当時の私鉄では草分け的存在であった。 〈写真は1961年の開業時〉
福岡バスセンターは階段状の乗降場7バースを配置し、電車南口を併設して、鉄道と特急・急行バスとの結合輸送の先駆けとなった。〈写真は1961年の開業の頃〉