大川市側から徐福が上陸したと言われる浮盃(ぶばい)地区を眺める。このあたりの川岸には、伝説の片葉の葦が茂っている。
聞き手/湯浅玲子  撮影/志賀智

博多祗園山笠の季節がやってきました。今年は徐福伝説をテーマにした飾り山がソラリアに登場しますが、この「徐福」という人、みなさんはご存知ですか?今から約2200年前の中国・秦時代。不老不死の薬を求めて中国から日本に渡ってきたという伝説の人物ですが、中国では実在の人として人々に親しまれています。日本にはいたるところにその伝説だけが残されていますが、特に多くの言い伝えがあるのが佐賀です。今回は佐賀在住で徐福の研究者としても知られる村岡屋社長、村岡央麻さんにご登場いただき、徐福のナゾについて語っていただきました。

―プロフィール―
1932年、福岡県生まれ。夫・栄氏の死去後、1988年より村岡屋社長。村岡屋は佐賀を代表する菓子舗。佐賀の歴史、文化、観光などの振興活動に携わり、佐賀に伝わる「徐福伝説」の研究者としても知られる。佐賀県徐福会副会長、佐賀商工会議所女性会会長、佐賀観光協会会長代行など数々の要職も務める。

佐賀に残る数多くの徐福伝説は、生活に密着し、具体的なものがかり。
 
―佐賀の徐福伝説とはどのようなものでしょうか?

金立山(正現岳)をバッグに、徐福長寿館の庭園に建つ徐福像。
50年に一度、氏子に担がれた徐福が、お辰観音に会いに行く、金立神社大祭。
村岡「筑後川が有明海に注ぐ河口には、浮盃(ぶばい)と呼ばれる地名がありますが、これは徐福が木の盃を海に浮かべ、それが着いた場所から上陸したためと言われます。また浮盃一帯には片方だけに葉がついた片葉の葦が茂っていますが、これは徐福一行が生い茂った葦をかき分けて上陸したので片方の葉が落ちてしまったため、さらに落ちた葉は筑後川で捕れるエツという魚になったと言われます。佐賀平野の北方に金立山があり、ここの金立神社は古くから徐福をお祀りしています。50年に一度の大祭はご神体をかついで徐福が歩いたとされる道のりを忠実にたどっていくもので、氏子たちは大祭に参加できることをこの上ない名誉としています。地元の豪族の娘・お辰との悲恋など、この他にもたくさんの伝説が残されています」
※以下「」内すべて村岡氏

―徐福伝説は日本全国にありますが、佐賀の徐福伝説は他とどう違うのでしょう? 

「和歌山県新宮市、青森県八戸市、京都府伊根町、広島県宮島町など日本全国に徐福伝説はありますが、多くは墓や足跡を記した碑が残っているといったものです。これに対して佐賀に残る伝説はとても具体的で生活感の漂うものが多い。実際に佐賀では『徐福さん』と親しみを込めて呼び、子から孫へとすべて口伝えで残してきました。佐賀の人々がいかに徐福を大切に思っていたかの現れでしょう」

―佐賀での徐福はとてもポピュラーな存在なのですね。 

「残念なことに最近は徐福伝説を知る人も少なくなってきました。戦前は学校教育でも取り上げられたそうですが、今の若い人たちは徐福のことをあまり知りません。近年、佐賀で徐福研究が盛り上がるきっかけになったのが1989年、佐賀市政100周年を記念したシンポジウムです。このときは日本の徐福研究者はもちろん中国からも多くの人々が参加し、2日間にわたって熱気あるシンポジウムがくり広げられました。このシンポジウムは吉野ヶ里遺跡の大発見にも深く関わっています」

―どういうことでしょう?

「シンポジウムの2ヶ月前、準備のために考古学の権威の先生方が佐賀に来られ、工業団地として整備予定だった吉野ヶ里を見学されたのです。先生方は一目で重要な遺跡だと気づき、その晩、全国の考古学者に『もうすぐブルドーザーで埋め戻されるからすぐ見に来るように』と連絡しました。工業団地の整備は3月1日から始まる予定で、見学されたのが2月11日。本当に時間がない中で、考古学者はもちろん全国から日に日に見学者が増え、マスメディアが注目したことで保存の世論も高まり、当時の佐賀県知事の英断もあって吉野ヶ里の保存が決まりました。まるで徐福さんに導かれるような何かのつながりを感じます」

 
中国から不老不死の薬を求めて海を渡った徐福とは?
今から約2200年前、紀元前221年に中国を統一した秦の始皇帝は強大な権力を誇り、万里の長城を築くなどの業績で知られている。その始皇帝の命を受けて、不老不死の薬を求めて東方に出航したのが徐福。当時、海を越えた東方には「蓬莱(ほうらい)」という仙人が住む国があると信じられていた。中国・前漢時代の史家・司馬遷が書いた『史記』には、未婚の男女3000人と五穀の種子、多くの技術工を乗せて出航し、ついには豊かな実りをもたらす広い平原で王となって帰らなかった、と記されている。この徐福が海を越えてたどりつき、王となった地が日本ではないかという説は古くからあり、それを証明するかのように日本各地に徐福伝説が残されている。ただし日本ではあくまで伝説上の人物と考えられているが、一方の中国では司馬遷の『史記』は歴史書として信頼あるものとされ、徐福も実在の人物と考えられている。日本の中でもとりわけ徐福伝説が数多く残るのが佐賀で、1995年には徐福について学べる佐賀市徐福長寿館が開館した。
 
徐福長寿館
佐賀市金立町金立1197-166 TEL:0952-98-0696
入場料/一般300円、小中学生150円
開館時間/9:00〜17:00(入場は16:30まで)
休館日/月曜、休日の場合は翌日
※12月29日〜1月3日は休館
徐福が金立山で採取したといわれるフロフキ

徐福が飾り山笠に登場!
今年の飾り山笠「十三番山笠ソラリア」の表に徐福が登場。標題は「日中宥和徐福勲(にっちゅうゆうわじょふくのいさおし)」として、人形師・置鮎正弘氏が手掛けている。この「日中宥和徐福勲」は、日本の文化の発展に貢献したとされる徐福をモチーフに、古代における日中間の交流・友好関係を紹介することで、両国の関係改善に役立てばという思いが伝わる内容となっている。

◎展示期間:7月1日(土)〜7月14日(金)
◎展示会場:ソラリアプラザ1階ゼファ



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