日本古来の伝統楽器・和太鼓。
その力強いリズムと勇壮な響きを活かしながら、
まったく新しいエンターテイメントを作り上げ、
世界に打って出ようとしている若者たちの集団が
大分県・久住高原を拠点に活動している。
TAO=「道」という名をもつ彼らの行く手には
どのような地図が描かれているのだろうか。
 
 
文/日向寺治彦 撮影/三笘正勝
Text:Haruhiko Hyugaji Photo:Masakatsu Mitoma
 
大自然を舞台装置にした、絶品「日の出ライヴ」
 ついさっきまで満天の星を抱いていた高原の空が少しずつ明るさを増し、地平線まで広がるなだらかな草原と木立がほのかに浮かび上がりはじめる頃。どこからか、朝の清涼な空気と溶け合うように笛の音が響いてきて、宿泊客たちをやさしく夢から揺り覚ましてくれる。『TAOの里・グランディオーゾ』の「日の出ライヴ」の始まりだ。 
 昇り来る朝日。少しずつ彩りを増す見渡す限りの緑のパノラマ。見事な夜明けを背景に、その風景と語り合うかのように太鼓が響き渡る。自然と人間の一期一会のコラボレーション、とでも言うべきか。九州の大自然の中に身を置くことで、ここにいるからこそ創造できる新しい和太鼓の表現世界を追求するTAOの想いが、「聴く」というよりも、五感のすべてを通して体に浸み入って来るようだ。
 『グランディオーゾ』とは、和太鼓による独自のエンターテイメントを追求する集団「TAO」が、その活動の本拠地として久住高原のど真ん中に建設した施設の名前。野外劇場、ライヴハウス、レストラン、宿泊施設を備えた複合施設だ。
 TAOは、もともと十年前に愛知県で生まれた和太鼓集団だった。現在、団長を務める奥野康弘さんをはじめ中心メンバーの多くも、その設立当時からの仲間だ。
 ふとしたきっかけで十代で初めて太鼓のばちを握り舞台に立ったという奥野さんは、太鼓がもつ観客の心に響く力に一気に惹きつけられた。「自分に返ってくる観客のパワーを感じた。『あ、自分ってこんなことができるんだ』と」。その後、地元のサークルなどを経て22歳でTAOに参加する。「日本にいて伝統的なことを継承していくのではなく、ラスベガスを目指して、ひとつのエンターテイメントを作っていこうとしていたところに魅力を感じた」。
 ほぼ同じ時期、もう1人の中心プレイヤーである水藤さんも加わった。「当時、専門学校に通いながらバンドをやっていた。その仲間が突然『太鼓をやる』と言い出してビデオを持ってきたんです。それを見て意外とカッコいいな、と。試しに練習場について行ったら、いつの間にか入団することになっていて(笑)。音楽で喰っていけたらいいな、と思っていたし、TAOがやっていたことは日本の楽器を使いながら全然古くさい感覚じゃなかった。面白いことができそうだし、それでラスベガスにいけるなら最高じゃないかと」。
 
九州を足場に十年、「世界」への力を磨く。
 しかし間もなく、そんな若者たちのパワーを集める求心力となっていたラスベガス公演の計画が頓挫。TAOの運営は一気に窮地に陥ってしまう。そのTAOを引き継いだのが、マネージャーとして関わっていた現社長・藤高郁夫さんだった。熊本出身の彼は、メンバーを故郷の家に住まわせてどうにか活動を続けながら、阿蘇近辺での新たな本拠地探しに奔走する。その彼を一目惚れさせたのが、ここ久住高原の雄大な景観だった。そうして94年3月、TAOは久住町に本拠地を移転、夢に向けての再挑戦が始まったのである。
 まず掲げた目標は、『九州100万人動員計画』。そこを越えるまでは九州を出ない、というハードルを自らに課した。作品づくりと稽古に明け暮れる日々の中で、ステージを踏む機会、そしてそのスケールは着実にひろがっていった。また、世界に通じるエンターテイメントを肌身で学ぼうとラスベガスにも出掛けたりしながら、少しずつTAOの目指すエンターテイメントの世界は形となっていったのである。100万人動員の目標も、ついに2001年にクリアした。
 今やTAOは、国内外でのオリジナル公演やイベントはもとより、北島三郎など有名歌手の公演にも客演として多くの指名が掛かる存在となった。
 一方で、2000年7月には、念願の自前の拠点施設であるグランディオーゾが完成。昨年からは、移転した当初からの久住町との約束のひとつでもあった国際音楽イベント『BEATOFGLOBE』をスタートさせた。今年は、憧れのラスベガスに研修に出かけた時に出会ったミュージシャンでありエンターティナーであるセルジオ・アルベッティを招いて、11月2〜3日に行なわれる予定だ。
 ラスベガスの夢が破れ九州で再スタートを切ってから、ひたむきに技術を磨き、積み重ね、駆け抜けてきた十年間。「今にしてみれば、あの時ラスベガスに行かなくて良かった」。奥野さんはそう振り返る。
 「あの時行っていたら、たぶんTAOはつぶれていた。何年かかじった人間と寄せ集めて来た人間の集まりで、自分たちの太鼓の音じゃなかった。舞台とは何かという追求もなく話だけが進んでいた。あの頃行ってたら、1ヵ月ももたずに帰って来て、TAOという名前がもうラスベガスでは二度と受けいれられなくなるようなことになっていたかもしれない。でも今なら、自信を持って世界に名を売って行ける」。ふたたび、今度は確かな『世界』に、彼らの手は掛かっている。
 
世界のTAOへ。カウントダウンは始まった。
 一般的には和太鼓というと、迫力はあっても、単調で表現の広がりは乏しい、重苦しいといったイメージがあるかもしれない。
 しかしTAOのステージは、ひたすらエキサイティングだ。大小さまざまの太鼓を使いこなした演奏、アンサンブルが素晴らしいのはもちろんのこと、それにも増して表情や振り付けなどの身体的な表現力、さらに笛や銅鑼など多彩な楽器や小道具を取り入れたさまざまな楽曲レパートリーを組み合わせ、流れるように曲をつないだ構成力は見事という他はない。
 「太鼓は叩けば『ドン』としか言わない楽器。それだけに全身を通して表現していく要素が大事になります。曲にはそれぞれストーリーがあって打ち手ごとの役柄があったりする。名前まで決まっていたりするんです。この人は『ちょっとニヒルなジョニー』とか(笑)」と、奥野さん。
 観客は、その彼らの豊かな表情にいつしか引き込まれ、打ち出す強烈なリズムの奔流に押し流されながら、知らず知らずともに手を打ち、あるいは体を揺すり、華麗な乱れ打ちに喝采を送っているのである。
 その突き抜けた楽しさを味わってみると、TAOが和太鼓というモチーフを中心に置きながら、つねにその眼差しはラスベガスへの夢を見つめつづけ、そこに花開く『エンターテイメント』としての舞台を自分たちなりのスタイルで創造しようとしつづけてきたのだということが、よくわかる。太鼓そのものがもつ魂をゆさぶる響きの力に甘えることなく、それをあくまでも強力な素材として生かし切ったところが、TAOの素晴らしさだろう。
 「あくまでも、ラスベガスやブロードウェイといった世界の檜舞台に立ってショーをするのが大前提なんです。いずれは常設の小屋を掛けて、太鼓に限らずいろいろな日本の芸能、文化の要素を織り交ぜたエンターテイメントができるようになればいい」と奥野さんは語る。
 十周年を迎える今年、TAOはこれまでの集大成として、育ててくれた九州への感謝の意味も込めて、九州での100公演を進行中だ。そして2005年には、いよいよ念願の世界へ打って出る「TAO WORLD TOUR」を控えている。十年間磨き上げてきたTAO流のジャパニーズ・エンターテイメント・ショーを引っ提げて、彼らが世界にはばたく日も近い。

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TAOの里・グランディオーゾ
大分県直入郡久住町白丹字長原3812-1  TEL0974-76-0758
(株)タオ・エンターテイメント
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