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| 農山村の暮らしを体験し、人々が交流する「四季菜館」。 | |||||||
山の斜面に穴を掘る。道具はシャベルと、タケノコ堀りなどで使う幅の細いトウグワ。石や木の根に邪魔されるから、思ったより手間がかかる。30cmほど掘ったら、根土をつけたまま苗木を穴に入れ、根の周囲に土を詰めながら植え、しっかりと踏み固める。苗木を支えるため、杭を打ち込むこともある。 「穴に雑草が入ると土がゆるむから、ちゃんと取り除くこと」 「木にも裏表があるから、植える向きをよく考えて」 山仕事のベテランから細かな指示を受けながら、植林作業は進められる。植えるのはケヤキやヤマザクラ、リンゴやヤマモモなど。スギやヒノキが中心だったこれまでの植林への反省から、多様な里山の復元を願って主に広葉樹を植えていく。作業は山の斜面で行なうから、足場をしっかり確保しないと力が入らない。植林という美しい字面からは想像できない、なかなかの重労働である。 福岡市から電車とバスを乗り継いで、およそ2時間。清流矢部川の上流に開けた福岡県八女郡黒木町。有名な「黒木の大藤」からさらに山寄り、急斜面に田畑が広がる笠原の集落に農林業体験交流施設「四季菜館」がある。 この日の植林作業に集まったのは、子どもたちもあわせて約20名。いずれも都市近郊で暮らす人々であり、山仕事はまったくの初めてという人もいる。午前中の作業を終えると、炭焼き窯の隣でたき火を起こし、即席バーベキューの昼食。この植林作業のリーダーである林業農家の宮園福夫さんは、山から採ってきたばかりの椎茸を網で焼く。奥さんの佐津美さんが手作りの煮物とおにぎりをすすめてくれる。「こうした植林作業で都会の人に山の様子を見てもらい、林業の現状にも関心を持ってもらえる」と喜ぶ福夫さん。「わざわざ都会からボランティアで手助けに来てくれるんだから、自分らも里山を守って頑張らなければという気持ちになる。つまり、私たちが元気をもらってるわけです」と笑顔で語る。プリプリとした肉厚の椎茸を味わいながら、たき火を囲んでの四方山話がつづく。椎茸とドンコは採る時季が違うだけで、種類は同じである。玉露と煎茶もモミ加減が違うだけで、茶の木の種類は変わらない。植林した苗木がすべて育つとは限らない…。生産現場の様子や山仕事の知恵など、都会では知ることのできない話に座は盛り上がる。農山村の暮らしを実感するには、こうした会話が何より貴重なのである。 |
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| 産直ネットワークから山村塾へ、そして四季菜館へ。 | |||||||
四季菜館は地元の専業農家である椿原寿之さん・まり子さんが運営する交流施設である。「泊まる人は、できる範囲で農作業を手伝うこと」という原則があり、農林業の体験を通して都市と農村の人々が交流を深め合う拠点でありたい、という2人の思いが込められている。
椿原夫妻はともに黒木町の農家の出身。煉瓦職人だった寿之さんは、建設機械メーカーに勤めていたまり子さんと大阪で結婚。やがて2人は黒木町にUターンして農業を継いだ。しかし、中身より見かけを重視する農業のあり方に疑問を抱き、当初から無農薬の有機農業を志した。「それは先祖伝来の農業であり、私たちにとっては特別なものではなかったんです」という寿之さん。「農薬や除草剤を使って見栄えのいい野菜を作り、既存の流通ルートに乗せるほうが経済的にもいいし、労力も軽減できるのでしょうが、そういう農業にはついていけない気がした」と振り返る。自分で売るしかないから、都会の人々と産地直送の契約を結んだ。この産直ネットワークが、やがて四季菜館の取り組みへと発展していくのである。 1991年に北部九州を襲った台風のため、山は風倒木におおわれた。その2年後には米が凶作となる一方で、米の輸入が解禁された。笠原集落の棚田や里山では、過疎化と高齢化のため手入れが行き届かず、次第に荒廃が目立つようになっていた。そこで翌年、椿原夫妻・宮園夫妻が中心となって「山村塾」をスタートさせた。これは放置された棚田を修復し、合鴨を使った米づくりを体験する稲作コースと、豊かな森づくりを通じて環境を守る山林コースを柱とした体験塾である。この活動を続けるうちに、農林業の実体験を通して命を支える食への意識を高めてほしい、地元で採れた旬の食材を味わってほしい、という思いが強まり、それなら交流の拠点となる施設が必要だということになった。「建設にあたって補助を受けたら という声もあったんですが、『本気の思いを実現するのに、甘えは禁物だ』と主人が見栄を張って。建築費の6000万円はほとんど借金」と、まり子さんは笑い飛ばす。そして97年9月、いよいよ四季菜館が完成。地元産の木材を使った2階建ての建物は、環境保全・循環型をめざした構造。風呂や台所、洗面所は、廃材を活用できる薪ボイラーによる給湯。合併浄化槽や太陽光発電設備を完備。全館バリアフリー設計でトイレは車椅子でも利用できる。2人のこだわりが伝わってくる建物である。 |
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| 国内外からボランティアが集う国際イベントも定着。 | |||||||
「四季菜館が完成したとき、きっとスポンサーがいるだろうって言われました。ここに集まる人々の笑顔、それこそがスポンサーだと私は思っていました」と、寿之さんは冗談めかして話すが、事実、ここにはたくさんの笑顔が集まってくる。開館した年からはじまった「国際里山・田園保全ワーキングホリデーin福岡」もそのひとつ。
九州芸術工科大学の教授や学生のサポートを得て、国内外からボランティアが集合。10日間もの合宿生活を送りながら、環境保全に取り組む。6回目を迎えた昨年は、福岡近郊や国内各地から76名、さらにイギリス、中国、フィリピン、タイから8名が参加。地元の古老から指導を受けながら、崩れた棚田の石垣を修復。里山の枝打ちや間伐、そして林間の散策路づくりに汗を流した。夜は参加したボランティアグループがお互いの活動から学び合うNGOセミナーなどを実施。また地元の小学生たちが人形浄瑠璃を披露して盛大な拍手を浴びた。参加者たちからは「山仕事をしているとヘトヘトなのに、何故か心は元気になってくる」「土に触ることが、こんなに楽しいことだとは思いませんでした」「石垣ひとつにも昔の人の知恵が生かされていて感動した」と喜びに満ちた感想が寄せられ、体験の充実ぶりが伝わってくる。
四季菜館を拠点とした山村塾の活動は、現在80組の家族、約350名の会員によって支えられ、年間を通して毎月1回、さまざまな体験作業を行なっている。稲作コースでは田植えや合鴨の進水式、田の草取りや稲刈りなどのほか、季節の野菜の収穫が体験できる。山林コースでは里山を守り育てる活動のほか、炭焼きや椎茸の収穫なども。さらに3年前から土日を利用した1泊2日の「里山ミニ・ワーキングホリデー」がスタート。毎年夏には「子どもキャンプ」を実施するなど、活動の幅はますます広がっている。 四季菜館と山村塾、それに本来の農業と、椿原夫妻は大忙しの日々を送っている。「この3つの活動を、どのように位置付けているのですか」と率直にたずねてみると、寿之さんは「まさに混然一体。すべてが自分たちの生き方であり、生業です」と、力むことなく自然体である。これからは障害者と健常者がいっしょに作業できる場をつくっていきたいともいう。「はじめから綿密に計画したわけじゃなくて、その時々で、あれはいいね、これもいいよ、とやってきた結果。つまり行き当たりばったりなんです」と、陽気に笑うまり子さん。飾らない2人の温かな人柄にふれ、気持ちがゆったりと安らいでいく。 |