九州ツーリズム大学事務局長  江藤訓重(えとうくんしげ)
 
いわゆる観光地をめぐる旅行ではなく、
農山漁村を訪れて交流や体験を楽しむ
「グリーンツーリズム」が人気である。
なかでも九州は、その先進地として
全国から熱い注目を集めている。
熊本県阿蘇郡小国町では1997年に、
日本で初めての「九州ツーリズム大学」を開校。
グリーンツーリズムの担い手を育てようと、
ユニークな活動を展開している。
 
自然を満喫し、交流や体験を楽しむグリーンツーリズム。

  「チョーイ、チョーイ…」「チョーイ、チョーイ…」
 枯れ草がひろがる阿蘇の草原のあちこちから、元気な掛け声が上がる。丘に張られた網を取り囲むようにして、人の輪が次第にせばめられる。突然、薮の影から小さな茶色い物体が飛びだした。野うさぎだ!
 これは昨年1月に行なわれた「九州ツーリズム大学」の体験授業「うさぎ追い」のひとこま。地元や都会から集まった人々は総勢約50人。大人も子どもも夢中でうさぎを追いかけ、歓声を上げてはしゃぎ回った。収穫は午前に1羽、午後に1羽の合計2羽。捕まえたうさぎは、また来年も捕まってくれるよう祈りながら草原に放された。このうさぎ追いは、30年程前までは日本各地の里山や野原で普通に行なわれていたが、山や野原、牧野が利用されなくなるとともにすたれてしまった。「田舎の伝統行事を復活させ、体験してもらうことで、都会の人にのんびりとした田舎の暮らしの魅力を実感してもらおうという企画。それといっしょに阿蘇の草原を歩き回って、草原の荒れた状態を見てもらいたかったんです」というのは小国町の江藤訓重さん。九州ツーリズム大学の事務局長であり、「学びやの里・木魂館」の館長でもある。
 では九州ツーリズム大学とは、いったいどんな大学なのだろうか?それを語るには「グリーンツーリズム」について説明しなければならない。グリーンツーリズムとは、都市の住民が緑豊かな自然や美しい風景を求めて農山漁村を訪れ、交流や体験などを楽しむ余暇活動のことである。イギリスやフランス、ドイツなどの西ヨーロッパ諸国では、1960年代から週単位のまとまった長期休暇を取る生活スタイルが定着した。80年代になると、それまでの海辺やスキー場のリゾートに替わって、農村地域が注目されはじめる。自然とのふれあいの少ない都市の住民が、長期休暇を利用して農村にでかけ、自然を満喫し、地域の伝統文化にふれ、農作業を体験し、人々との出会いを楽しむようになった。この新しいスタイルの旅は、ルーラル(田舎)ツーリズムとか、アグリ(農業)ツーリズムなどと呼ばれ、いまでは多くの人々の生活にすっかり溶け込んでいる。都会の人々が農村に出かけて余暇を楽しめば、農村地域の活性化につながる。そこで90年代の初め、農山村を舞台とする新しい旅が、グリーンツーリズムという名前で日本に取り入れられ、90年代の半ばから注目されはじめたのである。

 
農山村と都市の対等な交流。そこから新しい旅が生まれる。
 九州では、こうしたグリーンツーリズムへの取り組みをいち早くスタートし、96年には「九州ツーリズムシンポジウム」が小国町で開催される。このとき、多くの参加者から「実践的ノウハウを学ぶ場がない」という悩みが寄せられた。それまでの施設中心型の観光とは違って、グリーンツーリズムでは農山村と都市が対等な関係で交流しながら、新しい旅の文化を創造していかなければならない。そのためにはグリーンツーリズムの歩みや思想を学びながら、実務能力も磨けるような学校が必要とされていた。そこで小国町では、農山村でのグリーンツーリズムの担い手やコーディネーターとなる人材を育てるとともに、全国の地域や研究者、グループと連携した情報発信センターをめざして、97年に九州ツーリズム大学を開校したのである。
 世界的な細菌学者として知られる北里柴三郎博士は、この小国町に生まれた。博士は人材の育成には「学習」と「交流」が大切であると唱え、1916年、青少年のために図書を寄贈して「北里文庫」を開館し、交流のための「貴賓館」を創設している。博士の思いを受け継いで、この町では住民主体の創造的な地域づくりに長年、取り組んできた。こうした過程で生まれた学習と交流の拠点「木魂館」をキャンパスにして、九州ツーリズム大学は運営されている。
 「高原野菜の畑やジャージー牛の牧場、小国杉の森など、この町は広大な自然のフィールドに恵まれていますから、九州ツーリズム大学にふさわしい場所といえるのでは」と、江藤さんは胸を張る。さらに長年の地域づくりで培った地元の連帯感と確かなネットワーク、人を温かく受け入れる開放的な町民の気質も、グリーンツーリズムを実践するときには欠かせない要素だという。
 そして97年9月、いよいよ1期生を迎えた。果たしてこんな山の中まで学びに来る人はいるのか。そんな心配をよそに大反響を呼び、定員40人のはずが、最終的には56人が「学生」として入学。地元の町民10人のほか、九州5県から会社員、公務員、マスコミ関係者、コンサルタント、農家、主婦などが集まった。なかには、東京から毎月通ってくる大学生もいたそうだ。年齢も20代から70代とさまざま。参加理由は「農家民宿を考えている」「農山村へ移住して新しいビジネスをしてみたい」「都市と農山村の橋渡しがしたいから」「新しい生き方を探している」と、まさに多彩だった。
 
都市から田舎へ。風は吹きはじめているのか。
 こうして日本で初めて、グリーンツーリズムのプロを養成する九州ツーリズム大学が開校した。そのカリキュラムは年々、深化・発展をつづけているが、とにかくユニークで面白い。たとえば、地域づくりの専門家やツーリズム研究者、環境教育などのそうそうたるメンバーを講師に迎える「実践課程」では、月に一度、2泊3日の合宿を7ヵ月間つづける(カリキュラム概要参照)。基礎的な講義のほか、マーケティング、農家民宿、農村レストラン・直売所運営などを、演習や実習、体験授業やワークショップを交えて実践的に学んでいく。「カリキュラムそのものが、グリーンツーリズム体験となるような仕組みです。また講義以外の楽しみが、学生同士のネットワークのひろがりですね」という江藤さん。卒業生のひとり、ムラの暮らしを紹介する雑誌『九州のムラ』の養父信夫編集長は「夜の交流会は門限なし。ふだんなら出会えない人と、いきなり深い話ができるんです。ビジネスを軸にした都会の異業種交流会と違い、本当にいろんな価値感の人が集まるから、自分がいかに狭い価値感で生きてきたかを実感させられます」と、その驚きと魅力を語ってくれた。
 先月、6期生を送り出し、九州ツーリズム大学から巣立った学生は合わせて約800人を数える。こうした九州の動きに刺激され、北海道や信州にも姉妹校が誕生。現在、東北や沖縄でも開校準備が進んでいるそうだ。
 昨年までの卒業生707人のデータでは、農家民宿や農村レストランなどをはじめた人が10%、行政関係者が15%、コンサルタントや学生が10%となっている。さらに注目すべきことは、農山村への移住や定住を目的とした人が20%、自分探しや生きがい探しなど、小国町のまちづくりや町民との交流にヒントを求めて来た人が、なんと30%にも上っている。実際、都市からこの町に移り住む若者が3年程前から増えはじめ、すでに70人に達したという。
 「たとえば年収一千万円で暮らしたい人は、都会で暮らせばいいでしょう。でも300万円でいいという人には、田舎暮らしを勧めます。人が少ないから、田舎には圧倒的にチャンスが多いし、自分を楽しむ方法もいっぱいあります。生きてることを実感するなら、田舎で元気に。これですよ」と、江藤さんは力強く締めくくった。ある調査によると、できれば田舎に移住したいと思う人が、首都圏だけで300万人もいるという。「定年帰農」に加えて「青年帰農」の流れが起きているともいう。これからは田舎が面白くなりそうだ。