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| 絶滅が心配される日本のツキノワグマ。 | |||||
日本に生息するクマは、北海道のヒグマ、本州、四国、九州のツキノワグマの2種類である。ところがクマが生息できる地域は、森林伐採や道路・レジャー施設の建設などによって分断され、急速にせばめられている。1998年に改訂された環境庁の「日本の絶滅のおそれのある野生生物」、いわゆる「レッドデータブック」によれば、石狩西部のヒグマ、下北半島、紀伊半島、東中国、西中国、四国、九州のツキノワグマは「絶滅のおそれのある地域個体群」とされ、絶滅の一歩手前にあるといえる。1991年版のレッドデータブックでは、九州のツキノワグマは「絶滅した可能性が高い」とされていたのだから、一見すると、生息の可能性が高くなったように感じられる。だがむしろ、それだけ情報が少ないということなのだろう。ツキノワグマの生息数は、全国で約1万〜1万5千頭前後と見積られている。特別天然記念物指定のニホンカモシカは、全国で約10万頭と推定されているのだから、ニホンカモシカと比較してもツキノワグマの生息数はいかにも少ない。この主な原因は森に人の手が入り、森林開発が進められてきたから。特に1960年頃から日本ではブナやクリなどの広葉樹を大規模に伐採して、スギ、ヒノキなどの針葉樹に植え替える拡大造林が行われてきた。その結果、ツキノワグマの餌となる木の実が激減するとともに、冬眠の場所として必要な大木も減少していった。さらに農林業への被害を防ぐために行われる害獣駆除や狩猟などによる捕獲(射殺)が追い討ちをかけることになっていったのだ。 |
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| 46年ぶりに捕獲された野生のツキノワグマ? | |||||
九州にツキノワグマが生息しているとすれば、大分・宮崎の県境に連なる祖母傾山系(そぼかたむきさんけい)だといわれている。祖母山(1766m)、傾山(1602m)の稜線近くは、自然のままの広葉樹林におおわれているからだ。この地域には「熊塚」と呼ばれるクマの供養塔も数多く残され、古くからクマとの関わりが深い土地柄だといえる。それでも、この地域で記録に残されているツキノワグマの捕獲例は、江戸時代の末期から戦前まで合わせても、わずかに51頭だけ。年間におよそ百数十頭を数える本州の捕獲数に比べると圧倒的に少ない。しかも捕獲例は1941年を最後にして、ぱたりと途絶えてしまう。このため九州のツキノワグマには、戦後早くから「絶滅説」がささやかれていたのである。ところが1987年11月24日、傾山系の笠松山(1522m)で地元の猟師によって雄のクマが射殺される。なんと46年ぶりの捕獲例であり、絶滅説を否定するものとして、地元はもちろん、全国的にも話題を集めた。頭胴長135cm、推定体重75kgのクマは、さっそく九州大学理学部生物学教室に持ち込まれて綿密に分析された。その結果、おそらく野生のツキノワグマだろうと結論されたのだが、クマの犬歯が異常にすり減っていたことが問題となった。これは檻で生活した可能性を示すものであり、九州以外から持ち込まれたのではないか、という疑問が残されたのである。その翌年、環境庁によって周辺地域の緊急調査が実施されたが、生息を決定づける証拠は見つからず、結局「絶滅説」を否定するまでにはいたらなかった。 |
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| 続々と報告される目撃談…だが、証拠がない。 | |||||
| その後も地元では、ツキノワグマのものと思われる足跡や糞がみつかったり、鳴き声を聞いた、姿を見たという報告が絶えず続いてきた。しかし、シカやイノシシなどの痕跡(こんせき)や姿と間違えやすいこともあって、なかなか確証とならないため、歯がゆい思いをつのらせてきた。 「こんだけ深い森じゃから、きっとおる。山岳会の仲間もはっきり見とるんじゃから。みんな信じとります!」というのは大分県三重町の神田豊徳さん。大分県山岳連盟の副会長を勤める祖母傾山系の達人であり、20数年前からクマ探しを続けている。仲間が見たというのは1996年5月の目撃例のこと。山岳救助隊員4人が傾山の谷で遭難者を捜索中に、約50m離れた距離から親子のクマを発見した。「クマだ!」という隊員の声に驚いて、すぐに山に逃げ込んだという。山慣れた救助隊員が複数で同時に目撃したのだから、この報告はかなり信頼性が高いといえる。しかし、残念ながら証拠がない。実は神田さん自身も、今年の春、鳴き声を聞いたという。「ちょうど『クマに注意!』の看板をたてに、山に入ったときやった」というから、よほどクマとの縁が深いのかもしれない。 昨年の11月には宮崎県高千穂町の墓地で、ツキノワグマらしい足跡が発見された。幅13cm、長さ15cmもあり、イノシシやシカのものとは明らかに違うものだったという。さらに今年の3月には、傾山の林道で建設作業員が、車の前を歩く親子のクマを目撃。約5mという至近距離でクマの全身を見ており、体長は約1.5mと約70 cmと詳しく報告されている。また同じ頃、周辺地域でこの親子を見たという複数の目撃談もあり、十分に信頼できる報告といえる。 |
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| 無人カメラで「幻のツキノワグマ」に迫る。 | |||||
| こんなに多くの証言があるのに、ツキノワグマの生息を誰もが断言できない。「ならば、決定的な証拠写真を撮影してやろう!」と思い立った人がいる。福岡県春日市に住む野生生物写真家の栗原智昭さんである。 青年海外協力隊の生態調査隊員としてアフリカで活動していた彼は、その任期中に野生動物の無人撮影技術を修得した。警戒心の強い野生のツキノワグマを撮影するには、この無人撮影が最適と判断し、「幻のツキノワグマを撮影できるのは、自分しかいない」とやる気に燃えている。 今年5月下旬、はじめて栗原さんは祖母傾山系に入った。そのとき地形や森の様子を見た印象によれば、「クマ残存期待度」は50%…。ツキノワグマが生息するには、森の深さと広さがギリギリかな…という感じだった。その10日後、彼は2基の無人カメラを持って再び傾山に入山。カメラの設置場所をあちこち探し歩くうち、樹木の幹に刻まれた鋭い線条痕を発見した。 「クマの爪跡(つめあと)か!?この山ではシカの角こすり痕を、クマ爪痕と誤認した例が多く、この日もそういう傷を多く見た。だが、この傷は樹上2mの位置についていること、直線的な鋭い傷であること、全てではないが一部が綺麗な平行線を描いていることなど、シカ角痕とは印象が異なる」と彼は「クマ探し日記」に記している。この線条痕が間違いなくツキノワグマの爪痕だとは、もちろん断定できない。仮に爪痕だとしても、推定10年くらいは経過しているようで、ツキノワグマ現存の証拠にはなりえない。しかし2回目の入山で、この運命的な出会いを体験した彼は、本格的にクマ探しにのめり込んでいく。無人カメラにはそれぞれ開発者の工夫が秘められているため、ここで詳しく紹介できないが、簡単にいえば各種センサーを仕掛けたカメラとストロボを組み合わせたセットである。栗原さんはこの無人カメラを現在、祖母傾山系の4地点に設置。地元の人々の支援を受けながら、月3〜4回、福岡から泊りがけで高千穂町に通いつめ、定期的にカメラをチェックし、フィルムとバッテリーの交換を行っている。 この無人カメラによって、これまでにシカ、イノシシ、テン、ノウサギなどの撮影に成功。その動物たちの姿は生き生きとした躍動感に満ち、野生動物ならではの生命力にあふれている。もしも野生のツキノワグマが撮影されたら…、それはどんな感動をもたらしてくれるのか。 「ツキノワグマの生息が確認されるということは、九州の森には、まだ豊かな自然環境が残されていることの証です。ツキノワグマを通して自然の森にみんなの目が集まる。そのきっかけになれれば、いいですね」と語る栗原さん。「いや、先日ね、車で走ってたら、子グマらしい動物に出会ってね。車を停めて様子をうかがってたら、まぎれもない親グマが現われて、僕はあわてて望遠レンズで写真撮影…。という夢を見ちゃいました」と豪快に笑っていた。野生のツキノワグマの撮影に成功!が正夢になるのはいつの日だろうか。「絶滅」から「生息確認」へと変わる日がくることを固く信じて、かたずをのんで見守っていきたい。 |