昭和50年11月1日限りで貫通線・呉服町線・城南線が廃止されてからちょうど40年、
このページでは路面電車が走っていた当時と平成27年現在の風景を、写真で比較してみました。

東中洲と西大橋(東中洲電停)
1910(明治43)年の福博電気軌道(のち西鉄福岡市内線貫通線)開業以降、東中洲電停が置かれた中洲は多くの商店・飲食店、映画館・劇場が立ち並ぶ歓楽街へと成長した。昭和から平成へと時代が移るなかで永く中洲の顔であった福岡玉屋が閉店、前後して最盛期に20館を超えた映画館も次々と姿を消し中洲大洋劇場を残すのみである。まちの顔は変わったが、現在も西日本一の歓楽街として多くの人々が集う町である。
 
東中洲電停と湖月と玉屋
東中洲電停、後方に福岡玉屋、カレーやハンバーガーの湖月

1975(昭和50)年頃 所蔵:西日本鉄道(株) 写真No. NNC038

 
現在の東中洲
福岡玉屋はゲイツビルとなった
2015(平成27)年10月 撮影:益田啓一郎 写真No.NTBMS222
 
東中洲電停   電車と中洲大洋劇場
1975(昭和50)年頃 写真No.MNFS161   1975(昭和50)年頃 写真No.NTSR558
撮影:松島克廣   所蔵:西日本鉄道(株)
 
 
東中洲を行き交う路線バス   東中洲を行き交う路線バス
2015(平成27)年11月 写真No.NTBMS225   2015(平成27)年11月 写真No.NTBMS223
撮影:益田啓一郎   撮影:益田啓一郎
 
西大橋を進む電車
那珂川に架かる西大橋、中央奥は福岡玉屋、右は花関ビル
1975(昭和50)頃 所蔵:西日本鉄道(株) 写真No. NNC040
 
西大橋を進む路線バス
西大橋を進む路線バス、周辺のビルはすべて建て替わった
2015(平成27)年11月 撮影:益田啓一郎 写真No. NTBMS226
 
西中洲と西大橋
西中洲を進む電車と那珂川沿いの広告塔
1975(昭和50)頃 撮影:松嶋克廣 写真No. MNFS749
 
西中洲と西大橋
西中洲を進む路線バス、後方は西大橋
2015(平成27)年11月 撮影:益田啓一郎 写真No. PB030465

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