昭和11年(1936年)
3月20日
完成したモンキーヒル
モンキーヒル(猿ヶ島)完成
5月24日
遊園、動物園が合併
◆入場料
大人
10銭
小・中・軍人
5銭
5月24日
子供ホール完成の日、
餅まきに集まった大群衆
最新式の遊戯器を集めた子供ホール開館
6月28日
ライオンの赤ちゃん
ライオン夫婦に二頭の赤ちゃん(オス)誕生。多産夫婦で、12年に3頭、14年に3頭、15年1月3頭、同年10月に3頭と次々に赤ちゃんを産んだ。戦時色が強まり食糧も乏しくなってきたため、サーカス団などに売られるライオンも
昭和12年(1937年)
5月30日
大いに賑わう紙芝居大会
紙芝居大会開催
7月20日
猿の自転車乗り
8月末まで、納涼大会開催、西日本の宝塚を目指す日本少女の歌劇団の連日の公演で賑わう。また、仕込み終った猿の自転車乗り、山羊の綱渡りが人気の的となった
8月16日
第一回林間学園
北九州のよい子たちの健康と情操教育に役立てるため、第一回林間学園が18日まで開園。日本一のお話の大家・久留島武彦を学園長に招き、童謡作曲家・佐々木英、童話作家・阿南哲朗(後の4代園長)が講師の任に当たった
10月3日
動物祭で山羊と相撲
動物園開設5周年記念の“動物祭り”開催。この頃から、催し物も戦意高揚を図る内容が増えてくる
昭和13年(1938年)
4月29日
日本一の桃太郎像
日本精神の表徴として゛日本一の桃太郎像”が完成、除幕した。この像は現在、久留島武彦の生誕地、大分県玖珠町の三島公園に移設されている
昭和16年(1941年)
7月
森の音楽堂新設、音楽会で賑わう
9月
動物の飼料不足が深刻化、悲しそうな目で係員を見る動物の姿にたまりかね、園内空地に自給自足の畑を作る
10月
「動物園に爆弾投下」を予想しての防空演習が12〜21日まで行われ、種々の催し物は中止の憂き目を見るようになった
昭和18年(1943年)
9月
到津遊園の猛獣も万一の事態を考え処分されることになった
昭和19年(1944年)
3月31日
福岡県警察警備本部に接収されたため閉園。子供の国の正門は取り壊され、広場の桜並木は全部切り取られて機動隊の車庫になる。娯楽の殿堂は、隊員450余名を収容する宿舎となった
昭和20年(1945年)
引き続き閉園中
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