天神・中洲をぬけた貫線の東側は福岡市内線でも最も歴史ある路線。明治43年に福博電気軌道によって、西公園〜大学前(大学病院前)が開通し、その年のうちに箱崎へ延長、大正10年工科前(九大前)への延長で全通した。川端町・土井町・呉服町と古くからの商人の街の真ん中を通り、寺町の蓮池、松の名所東公園、角帽の学生たちが最先端の医学を学ぶ九大医学部、そして博多の氏神様筥崎宮。まさに日々進化を続ける博多の街をリードしながら走っていたのが市内貫線のチンチン電車だったのである。
 

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■NO.44
早朝の呉服町
■NO.45
呉服町交差点
■NO.46
千代町交差点
■NO.47
千代町交差点
昭和30年代後半 (45KB) 昭和50年頃 (72KB) 昭和29年 (59KB) 昭和29年 (69KB)
■NO.48
東公園入口付近
■NO.49
「大学病院前」電停
■NO.50
馬出
■NO.51
馬出
昭和50年頃 (64KB) 昭和50年頃 (75KB) 昭和50年頃 (56KB) 昭和30年代 (56KB)
■NO.52
箱崎
■NO.53
箱崎
■NO.54
網屋町
■NO.55
九大前
昭和50年頃 (57KB) 昭和50年頃 (55KB) 昭和50年 (68KB) 昭和50年 (51KB)