市内を東西に走る貫線の天神からの西側は、城下町福岡と百道海岸沿いに広がる町を結ぶ路線だった。西新を境にして福博電気軌道とライバルの博多電気軌道によって東西から敷かれたレールが一つとなるのは昭和9年のことである。福岡市西部の発展の原動力として大きな役割を果たした生活路線で、かつては漁師町・姪の浜から新鮮な魚を街へと売りに行く「カンカン部隊」のおばさんが朝の常連であった。沿線には、西鉄ライオンズの本拠地平和台球場、大濠公園や西公園、愛宕神社といった行楽地や名所が並び、特にライオンズ全盛期の電車の賑わいは今でも語りぐさとなっている。昭和50年、地下鉄1号線の工事開始に伴い廃止となった。
 

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■NO.33
姪の浜
■NO.34
室見橋
■NO.35
タブレット授受
■NO.36
早良口から
室見橋方面を望む
昭和50年頃 (62KB) 昭和49年頃 (60KB) 昭和49年頃 (52KB) 昭和50年頃 (61KB)
■NO.37
西新営業所
■NO.38
今川橋・運転士交代
■NO.39
西公園
■NO.40
黒門付近
昭和38年頃 (61KB) 昭和50年 (44KB) 昭和50年 (62KB) 昭和50年頃 (49KB)
 
■NO.41
大手門
■NO.42
万町(よろずまち)
■NO.43
万町(よろずまち)を
ゆく花電車
昭和50年頃 (50KB) 昭和30年頃 (64KB) 昭和34年 (51KB)